When I'm in Tokyo

 俺はもうしばらくしたら東京に引っ越す。父親は猿に毛が生えた程度の知能しかないバカ息子(それは俺だ)が放蕩するくらいならと、全財産を有馬記念に賭けて負けた。家も土地も担保に入れて金を借りたらしいのでそろそろ差し押さえられるだろう。怨念と狂気の結晶のようなハズレ馬券と約束手形が山積している。母親は借金取りの囮になってマレーシアに高飛びしたらしいが、そのあとの行方はしらない。姉は声優を目指して3年前に上京したが、最近グラビアアイドルに転職したらしい。あるいは貧乏で着る服もないのかもしれない。俺は凍ったアスファルトのような諦観と散りかけた花のような希望を抱き東京に引っ越すと決めた。

 

 実際のところ地方より都会に稼ぐチャンスが転がっているというのは事実である。僕のような資産残高至上主義の拝金主義者が雲を摑むようにして東京にドル箱を探しに行くのは自然な話だ。

 

 俺が東京に行くのは4ヶ月ぶり3度目である。初めての東京は家族が離散する前だった。お台場の観覧車に乗った時レインボーブリッジや東京タワーが見えた。東京タワーが赤く染まっているのは、その時に俺がウィンクしたからである。歴史家によるとそれまでは鉄が錆びて犬のクソのような色をしていたらしい。(合掌)

 

 2回目は2018年7月、FIFA Russia World cup finalが終わったすぐ後だった。その日は燃えるように暑くて、太陽を呪い、人生に後悔し、極楽を夢見ながら僕は東京の街を歩いた。その時に行ったのはこの俺様が赤く染め上げた東京タワーと築地市場である。東京タワーの展望台の入場料に2800円も取られた。なんという大金だろう。紙おむつ100枚、一週間の食費、馬糞20 kgとほとんど同じ値段である。いつの日か「ふんだくる勇気」「溜める技術」「吸い上げなら、強くなる」など前衛文学的タイトルのエッセイを出版するのかもしれない。

 

 その後地下鉄で新橋まで行って、そこから築地市場まで歩いた。着いたのが夕方だったので閑散としていた。きっとセリをしている時間帯は煮えたぎるような勢いで物凄いことになっているだろう。築地場外市場でマグロ丼を食べてからホテルに帰った。

 

 僕は腹が減ったら親指をしゃぶって飢えをしのぐくらい貧乏なので「スーパーでネギトロを買って、ご飯の上にぶっかければ同じものが500円でできるのに1000円も課金してしまった」と悔しい気持ちになった。

 

 金が足りないと思想のレベルが低俗になる。そういえばこの間、女の子とデートした時に「このパン屋さん美味しそう♡」と言われたので僕はパンを買う金がないのを誤魔化すために「こんなのは小麦粉を練ってオーブンで焼いただけだよ。インスタ映えするだけのパンより、俺様が炊いた白米」と言い返してやった。そうしたら貧乏がバレてしまい「金欠のイケメンより金持ちのアンガールズ田中」と言われて返り討ちにあった。ちなみにこの時のショックを1としたとき、その子が覚醒剤の密輸とマネーロンダリングの代行で儲けた男(像が描いた似顔絵みたいにぐちゃぐちゃな顔をしている)と付き合い始めたと聞いた時のショックは以下の式で表せる。見事だ。

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 俺が3回目に上京をキメた時の思い出を語ろう。まず池袋に向かった。立教大に通っている友達に大学の図書館を案内させた。彼は底が見えない井戸のように深い愛と慈しみで僕に優しくしてくれる。センター試験の当日「お前は春からここに行くんだよ」と言って河合塾のパンフレットを僕にくれた。「お前が大学に受かっても、どうせすぐに辞めるはずだからインドネシアの木こりとか、棺桶を作る職人とかそういう仕事に就いたほうがいい」と忠告してくれた。

 

 僕が退学するとLINEを送ったら、親切な彼はオカマバーの求人と去勢手術ができる病院を紹介してくれた。なんという煽り芸だろう。彼を東京湾に沈めれば世界から山火事はなくなるだろう、ドナルド・トランプは挑発的なツイートをやめるだろう、真夜中に降る粉雪のような切なさが世界に愛を届けるだろう。

 

 立教の図書館は素晴らしかった。蔵書の数も多いしその質も高い。DVDとCDもある。そして僕が最も驚いたのは、それなりの数の学生が図書館で勉強していたという事実だ。年末の普通、人が休んでいる時期なのにである。そこには意欲的なものが感じられる。あるいは目標か計画があるのかもしれない。

 

 しかし僕にはフワフワと飛ぶように軽い意思しかない。勉強したくない日は「昨日ママが作ってくれたハンバーグに危ない成分が入っていたはずだ、もう少し寝ておこう」「右肘ハムストリングの違和感で今日はちょっとペンを持てない」「明日隕石が降ってくるかもしれないから、とりあえず女の子とデートに行こう」「今日は仏滅の日だ。布団から出ないほうがいい」「畜生…なんてことだ…膝の古傷が痛みやがる…俺にキスをしてくれ」などともっともらしい言い訳を考えて怠けてしまう。

 

 このような態度で何になるというのだろう。東京には真剣に打ち込んでいる奴がいるのだ。俺も頑張ろうと思った。このまま学びから逃走してしまえば、野良猫とカラスの死体がタンパク源になると思った。脳みそを鍛えなければ、藁の服を着てイノシシとクマと山奥の洞窟で同棲する羽目になる。とにかく勉強しようと思った。そうすればプライベートスペースシャトルで月に行けるかもしれない。俺が死んだら鳥取砂丘にピラミッドが建つだろう。億万長者になって、1000年に一度だけエベレストの山頂に咲く幻の花を手に入れれば、スーパーサイヤ人として不老不死の最強の男になれるはずだ。このままでは人生がハードモードになってしまうという危機感と、貧困から脱出するためにはキャリアパスをこじ開けるしかないという根性が俺を努力の対象にフォーカスさせる。