「寺内貫太郎一家」を読むと死んだ母親の笑顔が胸に浮かんで泣く

寺内貫太郎一家    written by 向田邦子

 

1974年に放送されたドラマの book edition である。今でも「君の名は」「線香花火、上から持つか下から持つか」に book edition がある。それと同じだ。

 

向田邦子先生は本を読むのが好きな40代、50代から絶大な支持を集めている印象。

 

この本の登場人物は以下である。

 

寺内貫太郎

 

寺内家の父親。日常的に怒鳴る、蹴るを繰り返す。怒鳴らないと家族から心配されるくらいだ。

 

「女は黙ってろ」だってさ。

 

しかし、直列回路の単細胞生物で瞬間湯沸かし器、ということでもない。気遣いとか優しさを見せたり、なんだかんだ頼られる存在である。正直不完全であるが故の魅力はあると思う。

 

ただ思い通りにならない時、怒鳴って解決しようとする姿勢はコミュニュケーションの放棄だ、という考えもある。

 

 

寺内里子

 

貫太郎の嫁。姑はいちいち面倒くさいし、貫太郎すぐにキレる。だけど里子が一家をまとめている。

 

つまり里子は寺内家のビルトイン・スタビライザーであり家庭内の不和を解消している。一部界隈からは「この人がいればSMAPは解散しなかった」「朝鮮半島も統一できるだろう」と言われているらしい(未確認)

 

 

寺内きん

 

貫太郎の母親、つまり姑。「私が若かった頃は今よりも苦労が多くて」と嫌味をいったり、ご飯を食べる時わざと汚らしく振る舞い雰囲気を悪くして楽しんだり、プチイジメのプロフェッショナルだ。職人芸と言えるレベルで芸術的な美しささえ感じてしまう。

 

見ていてとても面白い。この人が登場しない小説は好きな女の子がいない教室みたいで刺激が足りないと思う。

 

 

寺内周平

 

貫太郎の長男。この周平が親に反抗しているのを見て、俺はまとわりつくように干渉してくる親のウザさを思い出した。

 

ちなみに、向田邦子女史は45歳の時、この小説を書いた。この歳のおばさんが親を蔑ろにする青年の気持ちを想像できるのだろうか。小説家の力量はこういう所に現れてくるような気がしている。

 

この周平くんは浪人している。もし俺が浪人しようものならウラジオストックの炭鉱に売られるか、理化学研究所献体されるか、クジラの餌にされただろう。

 

しかし考えてほしい。浪人というFラン私立文系大学の誘惑を振り払って、己の信じた生き様を押し通す姿は崇高である。あっぱれ。合格できるといいね‼︎

 

寺内静江

 

バツイチ子持ちの男と付き合っているが父親から反対されている。

 

「反対する親 vs 一途に愛を信じる娘」という結婚を巡る戦いを観戦するのは良い社会勉強になった。それと同時に現実的な問題として、俺が親から結婚を反対されたらどうすればいいんだろうという気持ちになった。

 

この小説は細密画みたいだ。あるいは詩的でもある。つまり、こういう場面は絶対に起こり得る、みたいなリアリティーがある。そして無駄な描写が無い。全体がスタイリッシュに洗練されている。余分な贅肉のような文章は一つとして存在しない。

 

ある人は向田邦子様の文章を読んで「バラの一本挿し」と言った。俺は本当にその通りだと思う。

 

 

寺内貫太郎一家 (新潮文庫)

寺内貫太郎一家 (新潮文庫)

  • 作者: 向田邦子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1983/03
  • メディア: 文庫